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ばら色の頬の少年
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「とらの皮の上にゆったりとねそべっている、品のある、愛らしい男の子。敷き物に乱れちっている、美しい金髪。はれやかな、ばら色の顔」児童文学、小公子の中のこの一説と挿し絵がとても印象的で好きでした。


子どもの頃に買ってもらった「カラー名作少年少女世界の文学全集」の中でバーネット原作の小公子、小公女の物語が入っているこの巻が一番好きでした。


大河ドラマ「八重の桜」が放映されていた頃、幕末の会津出身で明治に活躍した女性が紹介され、明治時代に生きた翻訳家、若松賤子という女性が明治23年に「小公子」を翻訳、発表したと知りました。


もちろん私が読んだ世界の文学は他の方の文章でしたが、「あの大好きだったお話を最初に紹介した方だったのね!」というのと、若松賤子さんの碑があるところが家から超近いところだという「こんな近くに!」というオドロキがありました。


若松賤子さんは過酷な運命を生きた方で、その生涯は山口玲子著の「とくと我を見たまえ―若松賤子の生涯」という本に書かれています。


横浜で暮らし、フェリス女子学院初代卒業生で教師も務めていました。「女学雑誌」の編集人である巖本善治と結婚、夫と共に明治女学校の教師を務め、文筆活動を行い、翻訳や創作を発表しています。

巖本善治は一時期、明治の全国廃娼運動で徳富蘇峰らと共に活動していました。夫婦は熱心なプロテスタントでキリスト教の倫理観から人間平等を唱えたようです。


賤子は仏教の無欲と儒教の没我とキリスト教の献身との「比較宗教小研究」を試みたと本にはあります。


「―キリスト教の非利己性は、新生、更生を通してのみ、個人の特質となる。「だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない。」これは、ひとえに恩寵によるものであり、神の力によってもたらされる。

―クリスチャンは、キリストに会い、霊的交渉を求め、新生を経て、キリストの生命と同じ非利己性を備える。


最後にはヨハネによる福音書からの引用―風は思いのままに吹く。風の音はきこえるが、どこから来てどこへ行くかは知らない。霊から生まれる者も全て同じである。」


まったくもって共感致します。明治期に輝きを放った一人の女性の命に思いを馳せました。

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